KEYWORD
東北とともに60年
いつの時代も新規事業を創出
世界に拠点を持つイノアックグループの東北の生産拠点として、1964年に創業。ゴム製品から始まり、自動車やIT機器の部品、建築資材、リビング製品へと事業を広げ、取り扱い製品は5000種を超えます。新たな事業を生み出し続ける東北イノアック・スピリットの源泉を語ります。
座談会メンバー
代表取締役社長
高橋 裕司さん
代表取締役
兼 築館工場長
榊原 行宏さん
取締役
兼 若柳工場長
千葉 大樹さん



- 代表取締役社長 髙橋裕司 Yuji Takahashi
- 東北イノアックとイノアックコーポレーション本社(愛知県)で、情報機器の品質保証部門、自動車部品の製造全般を担当。東北イノアック専務取締役を経て、2023年4月より現職。週1回の水泳により健康維持。宮城県塩竃市出身
- 代表取締役(兼)築館工場長 榊原行宏 Yukihiro Sakakibara
- イノアックコーポレーション本社や海外の関連会社の技術部門、品質保証部門、物流部門を歴任。2021年に築館工場へ赴任し、断熱材「サーマックス」など建材事業を担当。2023年4月より現職。好物はラーメンと地酒。愛知県出身
- 取締役(兼)若柳工場長 千葉大樹 Taiki Chiba
- 製造部門ひと筋、約30年。若柳工場をはじめ、インドネシアの関連会社では製造ラインの構築を担当。体育会系で、かつてイノアック野球部に所属。楽天イーグルスの野球観戦と散歩が趣味。2011年12月より現職。宮城県栗原市出身

柔軟に時代を生きる

髙橋 おかげさまで創業60周年を迎えられたのは、さまざまな事業を展開してきたからといえるでしょうね。イノアックグループの企業理念は「一本の大きな木を育てるより、多くの個性ある木を育て、美しい森をつくる」ですから。東北イノアックも、自転車のチューブやタイヤなどゴム製品から始まり、トランジスタラジオやノートパソコンの筐体(きょうたい)といった化成品、自動車関連の部品、業界で初めて不燃認定を受けたウレタン系断熱材の建材、リビング製品へと、時代の変化に対応してきました。
千葉 つい最近、60周年記念感謝セールを開催して、リビング製品などを販売したんですね。1日500人を超えるお客様が来場されて、その中に「イノアックのOBなんだよ」という80代のご夫妻がお見えでした。昭和の「作れ、作れ」の高度成長期を支えた気概が感じられました。その一方で、20代の社員が、通常の製造業務とは異なる接客を一生懸命にしていて、立派だなと素直に思いましたね。60年といわず、もっとやっていけるという思いを新たにしました。
榊原 東北イノアックは、人が温かいですよね。23年ほど前、若柳工場に初めてウレタン製造用の設備を導入するとき、本社から技術担当として来ていた時期がありました。大樹さんがインドネシアに行っていたころですね。
千葉 技術の親分として入られてましたね。
榊原 それが、設備がうまく作動せず悪戦苦闘したんですよ。そのとき、みなさんが一緒になって「こうしてみよう、ああしてみよう」と知恵を出し合って、すごく助けてもらった。その第一印象がありますね。
髙橋 社員の9割以上が地元採用で、親子2代にわたる社員もいますから。自然と協力し合うところはあるでしょうね。
榊原 上下関係の線引きもないですからね。
髙橋 私なんて、いまだに若い人から下の名前で呼ばれますからね。そのほうが、自分でもピンとくるし。特に髙橋とか千葉とかは、どこにでもある名字でしょう。だから、「大樹さん」とか「裕司さん」で呼ばれることが多いですね。榊原さんは長いから、私は「バラさん」としか言ったことがない(笑)。
榊原 それは、海外のどこの国に行っても、どこの工場に行っても、そうですね。
千葉 部門間の垣根もないですね。工場は3~4部門あっても、安全に対する意識は共通ですから。その辺は意識して、取り払っていますね。
髙橋 そうですね。安全面は、特にそう。
千葉 あくまで個人的なこだわりなんですけど、24時間3交代制の部署には、朝8時に必ず顔を出して、夜勤明けの人に「おはよう! どうだった?」と声かけしています。声のキャッチボールが、いつの間にか習慣になっていますね。

自発性を尊重するものづくり

髙橋 本社とも連携は取れていますね。本社の事業部経由で、いろいろ仕事をしていましたが、1990年代のノートパソコン関連の製造を始めたころだったか。東北地域にメインの業務を担う部門がそろっていたこともあって、受注から生産まで東北同士でやろうぜって(笑)。本社に「東北単独でやります」と宣言したんですよ。
榊原 98ノートあたりですね。
髙橋 ニーズに合わせてスピーディに対応するのは、自分たちのモチベーションにもつながりますしね。今、本社の事業部に頼っている事業も、いずれは自立経営できるようにしていきたいなと思いますね。そういう意味では、イノアックグループの中でも唯一、築館工場が生産している建材事業は、ほぼ自立だね。
榊原 こちらのほうが、事業部より強い場合もありますからね(笑)。自分たちで考えて、決めて、行動することのほうが、長続きするんですよ。
千葉 たとえ同じものを作るにしても、独自色というのは大切にしていかないと埋もれてしまいますよね。若手が主体となって動いているときは、支援はしますが、できるだけ口を出さないよう心がけています。横にそれた時は「ちょっと、それは」と言いはしますが。
榊原 私も合言葉は「よろしく!」ですから。細かいことに口は出しません。ただ、独自色を出すと、時に本社から確認が入りますから、その調整役という感じですね。
千葉 お客様から教えられることも、ありますしね。めちゃくちゃ叱られることも、多々ありましたけど(笑)。それを自分たちのこととして、会社、工場、現場に落とし込んでいくというのが、ものづくりの面白いところでもあるんですよね。
榊原 お客様の要望に応えられないのは、悔しいからねえ。
千葉 ものづくりの共通の喜びを感じられるようにしていきたいとは思いますね。先輩の1人に、今でも「工場長」と呼び続けている人がいます。私が20代後半にインドネシアに赴任したとき、その方は先に行って製造ラインの構築を手掛けていました。1000人以上従業員がいて、言葉も通じない。その中で、よくぞあれだけの従業員を一つの方向に導いて、工場運営をされたなと。声が高くて、元気な方でした。その方を今も越えられないでいる自分が歯がゆいんですけど。声の大きさだけは意識して、元気に話すようにしているんです。

東北イノアックが大切にしたいこと

榊原 やはり大切にしたいのは、チームワークですよね。いろいろな部門の人が知恵を出し合うことを大切にしたいと思っています。一方で、変えていきたいのは、20代から40代の若手に、海外や本社を見る機会を作りたいですね。自分たちの良いところや改善したいところを考える機会にもなりますから。
千葉 新入社員が入って各現場に配属されたときも、現状を見せるだけでなく、これまで創意工夫が繰り返されて現在の製造ラインになっていることは伝えたいですね。東北イノアックのものづくりの遺伝子は、残していきたいと思います。その意識があれば、たとえ素材が異なったとしても、ものづくりの上で重なるところがあるでしょう。見方や考え方が変われば、行動が変わりますから。
髙橋 産学連携のものづくりも、山形大学から始まり、東北大学、東北工業大学と商品開発プロジェクトを行っています。開発された米ぬかを原料とするセラミックスは、氷上でも滑りにくい自転車のタイヤなどに使用させていただいたりもしました。プロジェクトに参加した学生が、入社してくれたりもしていますね。
榊原 仲間としてのつながりができるのも、うれしいところです。地域でも、小中学生の工場見学や栗原市が主催する親子工場見学ツアーといった交流もありますね。
千葉 特別支援学校に職業訓練の機会を提供するなど、工場周辺の美化運動だけではない取り組みも増えています。
髙橋 地域の環境でいえば、環境ISOの認証ももちろん取っていますし、カーボンニュートラルは必須ですね。築館工場の事務所棟は、太陽光パネルや高機能断熱材、地中熱を使った空調システムなどの省エネ性能でZEB認証を取っていて、宮城県で第1号でしたっけ。
榊原 事務所棟としては、宮城県の第1号ですね。
髙橋 その築館工場が扱うのが建材です。東北イノアックの事業の柱は、3つあって。一番大きな割合を占めるのが、自動車関連。次が、断熱材の「サーマックス」、建材ですね。建材を使った「サーマックスの家」を建てたら、次はリビング事業を伸ばそう、と。
榊原 これまでのBtoBから、一般のお客さまと結びつくBtoCとなる仕事が、建材やリビング商品です。ある意味では、今までと業態が大きく変わってくるだろうと思います。
髙橋 東北イノアックが今あるのも、変化してきたからこそ。私の座右の銘も「変幻自在に生きよ」ですから。そういえば、若い人たちは「今度、工場の中で農業をする」と言っていましたよ。水耕栽培用のウレタン商品を作っているので、そのウレタンを使って水耕栽培もしたい、と。敷地内には、まだ土地がいっぱい余っていますからね。そのうち若い人たちが農業をする様子を見られるかもしれませんよ(笑)。
SUMMARY
明日へ思いをつなぐ
一人ひとりが試行錯誤しながら考え、意見を出し合い、形にしていく東北イノアック・スピリット。その精神が、多様なニーズに応える素材メーカーとしての誇りとなっています。
ときには、オフィシャルスポンサーを務める楽天イーグルスの試合観戦へ家族も一緒に出かけて熱い声援を送り、芋煮会で仲間と盛り上がる日常もまた活力ある心身を支えています。
東北イノアックの一人ひとりが見つめているのは「今日より明日、良い東北」。
これからも東北から日本へ、世界へ、より良い未来が広がる暮らしを提案してまいります。